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大阪地方裁判所 平成11年(ワ)12411号 判決 2000年6月23日

原告

大久保美里

原告

山岡久美

右両名訴訟代理人弁護士

西岡芳樹

岩永惠子

川村学

被告

ザ・ディベロップメント・バンク・オブ・シンガポール・リミテッド

日本における代表者

ウォン・シー・メン

右訴訟代理人弁護士

福井富男

内藤潤

松岡政博

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原告らが、被告に対し、従業員として雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は原告ら各自に対し、平成一一年七月以降毎月二五日限り別紙債権目録記載(一)(二)の各金員及びこれらに対する各支払日の翌日から完済に至るまで年五分の割合による金員の各支払をせよ。

三  被告は原告ら各自に対し、それぞれ三〇〇万円及びこれに対する平成一一年一二月一〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

四  訴訟費用は、被告の負担とする。

第二事案の概要

本件は、支店の閉鎖に伴い解雇された原告らが、右解雇を解雇権の濫用であるとして従業員たる地位の確認並びに賃金、慰藉料の支払を求めるものである。

一  争いのない事実等

1  当事者

(一) 被告は、昭和四三年七月一六日にシンガポール政府が民間資本参加のもとに工業化政策を推進する為の必要な融資サービスを行う為に設立した銀行であり、シンガポール共和国に本店を置き、昭和五九年一二月一二日、日本における営業所として、東京都千代田区有楽町一丁目七番地一号所在の有楽町電気ビルディング七階に東京支店を、大阪市中央区西心斎橋一丁目二番四号所在の三栄ビルディング九階に大阪支店を置いた。そして、普通銀行業務を主たる業務として、日本で営業活動を行ってきた。被告の具体的な業務内容は、開発融資、消費者向銀行サービスを含む商業銀行業務、投資銀行業務、リース、債権買取り、抵当権貸付け等の特殊金融業務、保険業務、不動産投資、開発、管理及びコンサルタント業務である。

被告の日本における営業所は、大阪支店と東京支店のみであり(以下、右二支店を併せて「在日支店」という。)、大阪支店の従業員は、平成一一年六月当時、原告ら二名を含めて正社員六名であったが、被告は、同月一五日、大阪支店を閉鎖した。

(二) 原告大久保美里は、平成七年三月、大阪外語専門学校を卒業後、貿易商社勤務を経て、平成八年六月、被告に雇用され、大阪支店で送金、輸出入業務を担当してきた。原告大久保の賃金は別紙債権目録記載(一)のとおりである。

原告山岡久美は、昭和六三年三月に金蘭短期大学英文科を卒業した後、日立製作所に就職し、その後、同社を退職して、平成三年一月に被告に雇用され、大阪支店で外国為替輸出業務を担当してきた。原告山岡の賃金は別紙債権目録記載(二)のとおりである。

原告らが大阪支店で行ってきた業務は、外国為替全般であって、その中には東京支店で行っていない両替業務、外貨小切手の買取り、手数料支払受付、送金小切手の発券、預金の入出金業務、更には、電信の仕向け、被仕向け送金、輸出業務では信用状の通知作業、信用状輸出書類の買取り、買い取った書類の海外や邦銀との資金決裁、テレックスやスイフト(海外との電信のコンピューターシステム)を使用した海外との交信、その他付随業務である。

(三) 原告らは、平成一〇年三月に、外国銀行外国商社労働組合(以下「組合」という。)に加入した。

2  解雇の意思表示

(一) 被告は、平成一一年三月四日、原告らに対し、本店からの指令で同年六月ないし七月ころに大阪支店を閉鎖すると発表した。なお、被告は、同月一五日、金融監督庁長官宛に大阪支店廃止認可の申請を行い、同年四月一六日、右申請は認可されている。

被告は、同年三月四日、組合との団体交渉において、原告らの雇用については、後日、希望退職を含む提案をするとしたが、東京支店への転勤はないと告げた。

(二) 被告は、同月一八日、大阪支店従業員に対し、「大阪支店閉鎖に伴う従業員処遇の基本方針について」と題する書面(<証拠略>)を交付して、希望退職プランの骨子として、退職日は平成一一年六月ころを目処とし、特別退職加算金を支払い、転職斡旋会社のサービスを提供する等の方針を示した。次いで、平成一一年四月五日、大阪支店従業員に対し、次の提案をした(<証拠略>。以下「希望退職パッケージ」という。)。

(1) 大阪支店職員全員に対して希望退職に応じる旨要請する。

(2) 希望退職を募る条件として、就業規定二四条の第二項の(1)「自己都合以外の退職」の欄の退職一時金を支払う。

(3) 追加退職金として、平成一一年六月一日時点における基本給及び職務手当ての各六か月分を支給する。

(4) その他、未消化の有給休暇の買上げ、夏期賞与の支給、転職斡旋サービスの提供を行う。

(三) 原告らと組合は、原告らの東京支店への配転等を求めて交渉を行った。同年三月二六日には、東京支店に転勤を希望する者には、赴任のための費用、帰省費用の負担を求め、東京における住居について被告借上げ社宅とし、赴任後二年間は敷金礼金を含め家賃全額を被告負担、三年目以降は、更新料全額、家賃の九割を被告負担とすること、退職を希望する者には、通常退職金に加えて、組合の平成一一年度賃金要求額に基づく年収の四年分の(ママ)支給することなどを要求した。

(四) 被告は、同年五月二一日、通常退職金を五割増とし、さらに追加退職金を六か月分上乗せする(合計一二か月分)等の提案はしたものの、原告らの東京支店への配転等については応じなかった。

(五) 原告らは、被告の募集する希望退職に応じなかった。そこで、被告は、同年六月八日、原告らに対し、同月一五日付けの解雇を予告し、同日原告らは解雇された(以下「本件解雇」という)。

二  争点

本件解雇の効力及び損害(慰藉料)

三  争点に関する主張

1  原告ら

(一) 本件解雇は、いわゆる整理解雇の四要件を欠き、客観的に合理的な理由がなく、解雇権の濫用であって無効である。

解雇は労働者に対して社会的、経済的に重大な影響を与えるものであり、なかでも整理解雇は、労働者に何ら責められるべき事由がないのに、使用者の都合で一方的になされるという特質を持っている。このような観点から判例の集積によって、整理解雇の四要件と呼ばれる厳格な効力要件が定式化され、四要件のうち、いずれか一つでも欠ければ解雇は無効であるとされた。すなわち、

(1) 客観的に人員整理の必要性が存するか否か

(2) 他に整理解雇回避の可能性があるか否か、もしくは使用者による整理解雇回避の努力がなされているか否か

(3) 整理解雇基準自体に合理性が存するか否か

(4) 解雇手続が合理的になされたか否か

被告の本件解雇は、右いずれの要件も欠いたものである。

(二) 被告には、客観的に人員整理の必要性は存しない。

被告の日本における営業成績は順調であり、平成一〇年三月期において前年比で約二倍の経常利益を計上し、過去五年間で最高の業績を上げており、大阪支店閉鎖の必要性はなかった。しかるに、被告は、大阪支店の業務を東京支店に移すなどして、収支悪化を作出し、これを閉鎖した。

また、被告は大阪支店内の労働者が、平成一〇年三月に、組合に加入したことを嫌悪し、これも大阪支店を閉鎖する理由となっている。

被告が収益を図る目的で大阪支店閉鎖を決定したからといって、そのことだけで、客観的に人員整理の必要性が発生するものではない。

被告は、東京支店では、平成六年三名、平成七年三名、平成八年一名、平成九年五名、平成一〇年三名と、毎年従業員の新規採用を行っており、大阪支店を閉鎖するにしても、客観的に人員整理の必要性は存しない。

(三) 被告は整理解雇回避の為の真摯かつ合理的な努力を行わなかった。

解雇は、雇用者の経営上の理由のみにより行われるものであり、労働者の生活に直接重大な影響を与えるものであるから、雇用者は、信義則上、人員削減をするに際しては、配転や希望退職を募集するなどの他の手段による解雇回避の努力をする義務があるところ、被告の在日支店としての東京支店、大阪支店は左記事実からも経済的、事業的に一体のものであることは明白で、就業規則の上でも、従業員を、支店間で転勤させることができる旨規定されているにもかかわらず、被告は、大阪支店の従業員に対してのみ希望退職パッケージを提案し、希望退職を幕ったにすぎない。

原告らの解雇を回避する方策としては、大阪支店を少なくとも相当期間存続させ、原告らの雇用を確保する方策も当然あり得たというべきである。また、そうでないとしても、原告らを東京支店に配転することにより、原告らの解雇を回避することは、当然になしえたし、東京支店においても希望退職を募るなどして、原告らの配転を実現するための努力を尽くす義務があったというべきである。

大阪支店の従業員六名中四名が希望退職パッケージに応じた為に、整理解雇の対象となったのは原告ら二名のみであり、原告らはいずれも東京支店への転勤希望をし、大阪支店の業務は東京支店へ移管されていること、原告らに幅広い業務経験があることから東京支店での業務に即戦力として十分従事できたのである。それにもかかわらず、被告は大阪支店閉鎖決定後、原告らに希望退職パッケージに応じるか解雇かの二者択一を迫り、転勤不可との態度に終始した。

よって、被告が、本件解雇に際して、解雇回避のための真摯かつ合理的な努力を行っていないことは明白である。

(四) 本件解雇には、整理解雇基準自体に合理性が存在しないし、解雇手続が合理的になされたともいえない。被告は、大阪支店閉鎖の理由も具体的に明らかにせず、東京支店に転勤できない理由についても「空きがない」というのみの対応に終始していたのである。被告が原告らに提案したのは希望退職パッケージの選択か、解雇かの二者択一である。したがって、被告は、解雇手続の合理性という点でも、何ら誠実な対応をしなかったのであり、著しく不合理な解雇といえるのである。

(五) 原告らは、被告の違法な本件解雇予告に続く解雇によって職場を失い、本件提訴を行わざるを得なくなった。この精神的苦痛は甚しく、原告らは被告に対し、各自金三〇〇万円を下らない慰籍(ママ)料請求権を有する。

2  被告

(一) 解雇権濫用法理は、ある一定の時代背景(経済状況、雇用慣行、雇用調整のパターン、給与水準、勤労意識など)をもとに、ある一定のモデルを前提として形成されたものであって、あらゆる時代、あらゆる企業体に適用されうる普遍的な原理ではない。そもそも、期間の定めのない雇用契約の場合、民法六二七条によれば、当事者は何時でも解約の申込みをすることができ、この場合、雇用は解約申込後二週間の経過により終了する。労働基準法は、産前産後の休業期間等一定の期間においては解雇してはならないなど一定の解雇制限規定を設けているものの、期間の定めのない労働契約について民法の解雇自由の原則を崩しておらず、むしろ解雇の自由を前提とした法規制を行っているのである。しかしながら、使用者の解雇権を認める実定法は、第二次世界大戦後の我国社会の異常な事態を反映して、解雇権濫用法理によって種々の制限を受けてきた。ところで、今日の社会状況は、戦後の混乱期を脱し、飛躍的な発展を遂げているが、このような現代の状況下において、なお、解雇を労働者の死活問題とする情緒的な思考に基づく解雇権濫用の法理を固守するのは、時代錯誤とすらいうべきである。そもそも権利の行使が濫用であるとして無効とされるのは本来異例のことであり、戦後間もないころの異常な状況下においては、解雇による労働者の危機的困難を救済するための緊急避難的発想として解雇権濫用の法理を適用する余地も考え得たであろうが、そのような異常事態でもないのに、実定法上明確な根拠を欠くさまざまな解雇制限要件をもって、すべての整理解雇に普遍的に適用される当然の要件であり、これらの要件を満たさない解雇は権利の濫用であるとするのは実定法を無視する暴論とすらいえる。被告の場合は、その就業規則上も、銀行の業務運営に関連して、やむを得ない状況に陥った場合には、行員を解雇できるとしており、就業規則上の根拠から見ても、被告による原告らの解雇が正当であることは明らかである。

(二) 被告は、他の多くの銀行や企業と同様に、長引く経済危機に苦しめられている。しかも、今後金融ビッグバンにより競争が激化していくことが予想される中で、日本における営業を合理化かつ効率化し、収益性を改善しなければ、日本において営業活動を継続することさえも危うくなる状況にある。確かに、原告ら主張のように、日本の支店全体では、平成一〇年三月期の被告の経常利益は向上しているが、これは、丁度このころ、邦銀が自己資本比率改善のため短期貸出資産を売却し、被告がこれを買い取ったこと及び邦銀の金融不安により外国銀行に対する一時的な資金運用の需要が高まったこと等極めて特殊かつ一過性の要因によるものである。平成一一年三月期の被告の経常利益は、同じ会計基準を適用した場合、平成一〇年三月期比で三分の一になっており、平成八年三月期を除けばここ数年間で最低レベルに落ち込んでいる。また、平成一一年一月以降は、一月及び四月を除いて経常利益は赤字となっている。そして、更に、平成一一年九月中間期の被告在日支店の経常利益は、前年度の業績を著しく下回り、赤字に転じている。以上に加え、被告の在日支店の経常利益は、少なくとも平成五年三月期から平成八年三月期までは、年々減少傾向にあった。以上の事実からすれば、被告在日支店の営業成績が順調などとはいえないことは明らかである。

被告の在日支店は本店から資本利益率の改善を要求されているが、現在企業の資金需要が落ち込んでおり、利幅の厚い新規優良貸出の機会が乏しい。また、短期の銀行間資金運用の機会も減少しており、アジア経済危機の影響で輸出取引の拡大も見込めない状況にある。従って、経常利益の減少は今後も続くものと予想される。大阪支店単独の経営状況をみても、平成八年三月期以降、経常収益及び経常利益ともに年々悪化しており、平成一〇年三月期と同じ会計基準で計算した場合、平成一一年三月期は、ついに赤字を計上した。また、大阪支店の税引後利益については、同支店開設後閉鎖までの一五年間で僅かに一億三一〇〇万円程度の利益しか上げていない。これらの利益の内には、大阪支店の収益を増強するために、平成六年三月に被告の本部で獲得したドル建融資を大阪支店で記帳したものも含まれているが、これによる収益は、年間一二〇〇万ないし一三〇〇万円であるから、この収益を除いた場合の大阪支店の収益は更に減少する。

被告は、シンガポール進出企業、関西に拠点を有する邦銀へのマーケテイ(ママ)ング等営業努力を行う一方で、平成九年に当時の山下支店長が退職した際に、後任の支店長を採用せず、東京支店支店長であるウォン・シー・メン氏が大阪支店長を兼ねることにするなど、人件費を含む経費の削減をおこなってきた。しかしながら、大阪支店の収益は改善する兆しを見せず、またその将来のビジネスチャンスも限られているため、被告の最高経営陣は、大阪支店を閉鎖し、日本における営業を東京支店に統合することを決定したのであって、右のような決定は企業経営上の高度の必要性に基づく合理的なものである。このような決定が、いわゆるバブル経済崩壊後の日本における長引く不況及び関西地区の経済基盤の弱体化を背景にした合理的なものであることは、日本に拠点のあるシンガポールの銀行四行のうち、被告を含めた全での銀行、及びその他の多くの外国銀行が大阪支店を最近閉鎖し、被告の場合も含めて、いずれも当局から承認を得ていることからも明らかである。

原告らは、新規採用を行っているから人員整理の必要性がないと主張するが、被告の行った新規採用は、積極的な人員拡大のためのものではなく、期中の退職者の一部補充のために行われたものである。また、被告は、このように退職者の一部のみを補充し、残りは補充しないことによって、スタッフを年々削減してきている。このような事実からすれば、新規採用をおこなっているから人員整理の必要性がないとの原告らの主張が如何に短絡的な思考によるものかは歴然としている。

(三) 被告は、原告らを含む大阪支店の従業員を東京支店に異動させることについて十分検討を行った。しかしながら、被告は、日本における営業の機会の減少から東京支店の従業員数を減少させてきており、この方針は今後も継続される予定である。また、原告らの大阪支店における担当業務は、主に信用状及び送金に関わる事務であったが、被告東京支店において現在空きポジションはなく、むしろこれらの業務は大幅に減少してきている。また、原告らがこれまで担当してきた事務以外の業務についても減少している。従って、東京支店には原告らを配転することは不可能である。

原告らは、東京支店において希望退職の募集をすべきであった旨主張するが、東京支店従業員は東京支店の業務に習熟しており、取引先とも人的な関係を築き上げているのであって、東京の業務に習熟していない大阪支店従業員の雇用を確保するために、東京支店従業員を辞めさせる理由は全く見当たらない。また、希望退職を募っても空きポジションが生じる保証はなく、仮に空きポジションが生じても、原告らが担当しうるポジションとは限らない。更に、原告らを転勤させるとすれば、これに伴い、多大な費用の負担が生じる。原告らは、転勤の際の条件として、月四回の帰省費用、赴任後二年間の家賃の全額及びそれ以降の家賃の九割を被告が負担すべき等との極めて不合理な要求をしているが、被告が、このような多額で余分な費用を負担してまで、東京支店従業員を辞めさせて代わりに原告らを配転する合理的根拠はどこにも存在しない。

被告は、原告らを含めた大阪支店従業員の解雇を回避するために、希望退職の募集を行った。具体的には、平成一一年四月五日付書簡で、基本給及び職務手当の六か月分の追加退職金の支払、有給休暇の買上げ、夏季賞与の支払及び被告負担による転職斡旋サービスの提供などを含んだ希望退職パッケージを提供した。加えて、被告は、大阪支店の取引先数社に求人を要請し、その結果、東証二部上場企業であるシンキ株式会社からの求人の案内を同年四月一六日付で従業員に対し配布している。また、被告は、その後数回に亘り、大阪支店従業員及び組合との話合いの場を持ち、その要求を反映して、パッケージの内容を改善してきた。その結果、同年五月二一日には、前述のように、追加退職金を大幅に増額(基本給及び職務手当の一二か月分の支給及び通常退職金の五割増)するなど、被告が提案できる最大限の譲歩を行った。また、五月二八日の提案では、大阪支店従業員が退職後も早期に転職できるように、被告負担による転職サービスの提供をフォローアップすることを約束し、希望退職への応募期限も再度延長し、六月四日まで延長した。その結果、大阪支店従業員六名のうち原告らを除く四名は大阪支店閉鎖決定の経緯及び東京支店への転勤が不可能な理由を理解し希望退職に応じた。ところが、原告ら二名のみは不合理な要求に固執し、希望退職申込期限である六月四日を経過しても希望退職に応じなかったため、被告としてはやむを得ず、両名を解雇したものである。

以上からすれば、被告は信義則上可能な限りの解雇回避努力を行ったと評価できる。

(四) 原告らは、整理解雇基準について主張するが、本件では、閉鎖の対象となったのは大阪支店であり、被告はそこで勤務していた従業員全員に対し希望退職のパッケージを提供したのであるから、整理解雇の基準としてこれ以上客観的かつ公平なものはないというべきである。むしろこのような場合に東京支店の従業員を辞めさせることこそ不合理といえる。なお、結果として原告ら二名のみが解雇の対象となったことは事実であるが、それは原告らがせっかくのパッケージを受け取ることを拒否し、かつ被告としても他に選択肢のない状況で、やむを得ずなされたものである。

(五) 被告は、大阪支店閉鎖の理由について、平成一一年三月四日の大阪支店全職員との会議において説明し、同年四月五日付の希望退職プランを記載した書面を交付し、同年三月四日以降同年五月三一日に至るまで合計七回に亘り、原告らが所属する組合との間で団体交渉を実施し、大阪支店閉鎖の理由及び原告らの東京支店への転勤が不可能な理由について粘り強く説明するとともに、前述のように、希望退職パッケージに対する組合側の要望を踏まえ、その内容を大幅に改善してきた。しかしながら、これに対し組合側は、あくまで原告らの東京支店への転勤に拘泥し、しかもその際の条件として月四回の帰省費用、赴任後二年間の家賃の全額及びそれ以降の家賃の九割を銀行が負担すべきなどと極めて不合理な要求を出し、そこから一歩も譲歩しようとせず、何ら建設的な提案を出さなかった。また、退職パッケージの内容については、勤続期間が原告山岡にあっては約八年、原告大久保については僅か三年であるにも拘わらず年収の四年分などという非常識な金額を特別退職金として支払うことを求めるとともに、組合自身に対して別途「迷惑料」なる名目下に金員五〇〇万円を支払えなどという不当な要求に終始した。従って、被告は、七回に亘る交渉を経ても当事者間の話合いに全く進展が見られず、またその可能性も何ら示されなかったため、やむを得ず同年五月三一日の団体交渉を最後としたのである。以上の経緯からすれば、本件解雇の実施手続に何ら違法性がないことは明らかである。

第三争点に対する判断

一  被告が解雇の自由を主張し、解雇権濫用法理を批判する部分は独自の見解であって、採るに足りない。

解雇は、雇用契約の解約であり、労働者の権利義務に重大な影響を及ぼすものであるから、社会通念に反する解雇が権利の濫用として許されないのはいうまでもないところである。

本件解雇は、被告の大阪支店閉鎖に伴うものであるところ、支店を閉鎖するかどうかという判断は企業主体たる使用者がその経営責任において行うところであるが、だからといって、その支店の従業員を直ちにすべて解雇できるということにはならない。営業の縮小などに伴う人員整理の必要から行われる解雇は、使用者の経営上の理由のみに基づいて行われるもので、その結果、労働者に、何の帰責事由もないのに、重大な生活上の影響を及ぼすものであるから、解雇の必要がなくされることは許されないし、その必要がある場合でも、これに先立ち解雇回避の努力をすべき義務がある。人員整理の必要から行われる、いわゆる整理解雇が有効であるためには、第一に、人員整理が必要であること、第二に、解雇回避の努力がされたこと、第三に、被解雇者の選定が合理的であること、第四に、解雇の手続が妥当であることの四要件が要求されており、当裁判所もいわゆる整理解雇については、右四要件該当の有無、程度を総合的に判断してその効力を判断すべきものと思量する。

二  そこで、まず、人員整理の必要性について検討する。

1  (証拠・人証略)によれば、次のとおり認めることができる。

(一) 被告の在日支店の経常利益は、各年度の三月期の年度実績によると、

平成五年度 六億六六〇〇万円、

平成六年度 四億一四〇〇万円、

平成七年度 三億八五〇〇万円、

平成八年度 一億一八〇〇万円、

平成九年度 四億四六〇〇万円、

平成一〇年度 八億〇一〇〇万円、

平成一一年度 二億七二〇〇万円と推移しており、また、貸出金残高は、

平成五年度 一五五四億八一〇〇万円、

平成六年度 九七五億一七〇〇万円、

平成七年度 八八一億九三〇〇万円、

平成八年度 一六三五億九〇〇〇万円、

平成九年度 一九一五億九三〇〇万円、

平成一〇年度 一一四九億〇三〇〇万円、

平成一一年度 四一五億六〇〇〇万円と推移しており、経常利益は、平成九年度と平成一〇年度に増加しているが、これは、そのころ、邦銀が自己資本比率改善のため短期貸出資産を売却し被告がこれを買い取ったこと、邦銀の金融不安から外国銀行に対する一時的な資金運用の需要が高まったことによる一時的な要因によるものといえ、その後、平成七年度以下の水準に戻り、長期的には、減少傾向にあるといえる。

(二) 大阪支店における経常利益は、

平成八年度 五七〇〇万円、

平成九年度 五五〇〇万円、

平成一〇年度 二七〇〇万円、

平成一一年度 マイナス一〇〇万円と推移している。大阪支店の平成一一年一月から五月までの月次の経常利益は、一月及び二月はいわゆる赤字であり、それ以外の月の利益も数十万円単位である。

被告においては、在日支店に対して資本利益率改善や与信の見直しを要請し、平成九年度末ころ、優良企業以外の企業に対する新規融資を承認しないとの通達を出し、そのため、在日支店においては高リスク融資の削減や長期融資の回避などにより貸出を大幅に圧縮することになり、平成一〇年度、平成一一年度の貸出は連続して対前年比で大幅に減少し、その結果、利息収入が激減して平成一一年度の経常利益が大幅に減少した。

(三) 被告においては、平成九年七月には、外国為替業務を東京支店に集中し、同月に大阪支店長山下が退職した際には、その後任を補充せず、東京支店長が在京のまま大阪支店長を兼務することとし、あさひ銀行からの出向者山口昇次を副支店長に昇格させて大阪支店の実質的な責任者とし、山下が担当していたスイフトによる資金送金や電信送金のためのテストキイ(電信で海外などへ指示を出す場合の暗号)管理の問題を軽減する必要から大阪支店の市場からの資金調達、輸出、外国送金取引を東京支店に集約することとし、同年一一月ころから実施された。これらから大阪支店における業務量は減少し、その後、山口昇次は、平成一一年一月に退職したが、その後任は補充されなかった。大阪支店の一般従業員は、平成六年には九名であったが、漸次減少し、平成一〇年には七名となっており、平成一一年には六名となっていた。その業務量は、平成一一年に入って、貸出量の減少もあって、一層減少し、今後早期に回復する見通しはなかった。

東京支店における業務量も、減少傾向にあり、その従業員数(支店長、副支店長二名を含む。)も、平成六年二九人、平成七年二八人、平成八年二六人、平成九年二二人、平成一〇年二一人と減少している。東京支店における輸出信用状の通知及び信用状輸出船積書類の再割引は、平成一〇年には、平成八年ころの三ないし四割程度に減少しており、さらに減少の傾向にあったし、外国向仕向、被仕向送金業務も平成一一年に入ってから前年同時期の一割程度に減少するなど、その業務が今後増加する見通しはなかった。

(四) 被告は、平成一一年一月七日、在日支店の現状を踏まえ、大会社の多くが資金需要に対処するために東京に事務所を構えていること、東京への貿易取引が集中していること、大阪支店の営業費用の増加が見込まれることなどから、今後の収支改善の見通しがなく、大阪に支店を置く必要性がないと判断して、大阪支店の閉鎖を決定した。

右実に鑑みるに、被告在日支店の業績不振は明らかであるが、我国では、いわゆるバブル崩壊後不況が長引き、金融機関の破綻もあり、関西では、その経済基盤の弱体化が指摘されていること、また、アジア諸国においても経済危機があったことは公知であって、これらから企業の資金需要が落ち込んでいることは容易に推認でき、大阪支店の閉鎖は、その収支状況の現状を踏まえ、業績改善の見通しがないことから行われたもので、これを不当なものとする理由はない。

原告らは、被告が、意図的に、大阪支店の業績悪化を作出したかのようにいうが、外国為替業務の東京移転や新規融資の抑制が大阪支店の収支に影響したことは認められるものの、これをもって収支を悪化させて大阪支店を閉鎖するために意図的に行われたとまでは認めることはできないし、また、右閉鎖が不当労働行為の目的でされたと認めるに足りる証拠もない。

2  ところで、支店を統合した場合、業務を合理化するわけであるから、余剰人員が生じるのは避けられないが、東京における従業員数(支店長、副支店長二名を含む。)が、平成六年二九人、平成七年二八人、平成八年二六人、平成九年二二人、平成一〇年二一人と減少したことは、前述のとおりであるところ、(人証略)の証言によれば、大阪支店の閉鎖に伴い、その業務を東京支店に移転しても、人員を増員する予定はなく、さらに減少を見込んでいたことを認めることができる。

弁論の全趣旨によれば、被告が、平成一〇年まで、新規に従業員を雇用していることは認められるが、これは退職者の補充であり、大阪支店閉鎖が決定される前のことであるから、右雇用をもって人員整理の必要性を否定することはできない。

以上によれば、被告において、大阪支店の閉鎖により、その従業員の人数分が余剰人員となったということができるから、人員整理の必要性が生じたことはこれを認めることができる。

三  次に、被告における解雇回避の努力及び被解雇者を原告らとしたことの合理性について検討する。

1  支店を閉鎖したからといってその支店の従業員を直ちにすべて解雇できるものでないことは前述のとおりである。被告においては、その従業員を各支店において独自に雇用し、雇用した従業員については、就業場所が雇用した支店に限定されていると認められるものの、支店で雇用したといっても雇用契約は被告と交わされたものであるし、就業場所の限定は、労働者にとって同意なく転勤させられないという利益を与えるものではあるが、使用者に転勤させない利益を与えるものではないから、右事実があるからといって、人員整理の対象者が閉鎖される支店の従業員に自動的に決まるものではない。

閉鎖される支店の従業員にとって解雇回避の可能性があるかどうかは、閉鎖がやむを得ない以上、当該支店以外における勤務の可能性があるかどうかということであるから、被告大阪支店閉鎖に伴う人員整理においては、大阪支店以外の部署への転勤の可能性が検討されることになるが、出向等は問題とならず、海外への転勤の実現可能性がない本件では、結局のところ、解雇回避が可能かどうかは、東京支店への転勤が可能かどうかということに尽きる。

2  そこで、東京支店への転勤の可能性について検討する。

(一) (証拠・人証略)によれば、次のとおり認めることができる。

(1) 被告の東京支店においては、その業務量の減少によって、従業員数が減少傾向にあったことは、前述のとおりであり、平成一一年当時、その従業員に欠員があったわけではない。大阪支店の閉鎖に伴い、その業務は東京支店に移転することになるが、これに伴って東京支店の従業員を増員する予定はなく、むしろ更に自然減を待って減少する予定であった。現に、その後、東京支店の従業員は、平成一一年一二月には二人、平成一二年一月には一人、同年三月には一人、その後一人と退職者があったが、その補充はされず、一六人となっている。

(2) 原告らは、大阪支店の閉鎖が通知されてから、東京支店への転勤を要求したが、被告は、右閉鎖を発表した平成一一年三月四日には、原告らに対し、東京支店への転勤は空きがなく無理であると告げ、同月一八日には、大阪支店従業員全員に、基本方針の中で、東京支店への転勤はないと告げ、その後も、東京支店に大阪支店の従業員を受け入れるポジションがないとして、原告らの東京支店への転勤を一貫して拒否した。

(二) 原告らは、原告らを転勤させるために、東京支店において希望退職を募るべきであったと主張するので、検討するに、(証拠・人証略)並びに弁論の全趣旨によれば、被告の企業規模は、平成一一年五月当時、支店長、副支店長二名を含めて二一人という比較的小さいもので、しかもその業務には、外国の金融機関という性格から、専門的な知識や高度な能力を必要とする部分があり、誰にでもなし得るような業務の担当者は更に少なかったと認められ、右のように従業員の人数が少ない職場では、従業員の意向を把握することは容易であり、被告においても、その意向を把握のうえ、東京支店の従業員の自然減による減少を予定していたものと窺える。右のように、小規模な人員しかいない職場において希望退職を募ることは、これによって原告らを就労させることができる適当な部署が生じるとは必ずしもいえないうえ、代替不可能な従業員や有能な従業員が退職することになったりして、業務に混乱を生じる可能性を否定できず、希望退職の募集によって、従業員に無用の不安を生じさせることもあるし、希望退職を募る以上通常の退職より有利な条件を付与することになるが、自然減による減少に比べて、費用負担が増加することになる。また、原告らが就労可能な部署が生じたとしても、東京支店への転勤は住居を移転した転勤となり、これに伴い費用が生じるが、原告らはその住居費、帰省費用などの被告負担を主張しており、被告がこれに応じれば、それは被告にとって負担となり、応じない場合には、原告らが転勤に応じるとは限らないから、その場合、希望退職を募ったことは全く無意味となる。これらの不都合を考慮すれば、被告が東京支店において希望退職の募集をしなかったことをもって、不当ということはできない。

(三) 右のとおり、被告が東京支店において希望退職の募集をしなかったことは不当とはいえないので、東京支店に欠員がない以上、原告らを東京支店へ転勤させるには、東京支店の従業員を解雇するよりほかない。しかし、原告らを東京支店で勤務させるには、転勤に伴う費用負担が生じるばかりでなく、東京支店でその業務に習熟した従業員を辞めさせたうえで、業務内容によっては習熟していない原告らを担当させることになるのであって合理性がない。

3  被告は、前述のとおり、平成一一年四月五日、大阪支店従業員に対し、被告負担による転職斡旋会社のサービス提供を含む希望退職パッケージを提案し、同年五月二一日、通常退職金を五割増とし、基本給及び職務手当ての各一二か月分を支給するなど、組合の提案に譲歩し、また、同年四月一六日ころシンキ株式会社の求人情報を、同年六月初めころ、外国銀行協会の求人情報を提供する等して、大阪支店における希望退職を勧誘してきた。

4  これらを総合考慮すれば、被告が解雇回避努力を欠いたということはできないし、転勤ができないのであれば、大阪支店の従業員が解雇の対象となることはやむを得ないところである。

四  次に、解雇手続の妥当性についてみる。

1  被告は、平成一一年三月四日、原告らに対し、本店からの指令で同年六月ないし七月ころに大阪支店を閉鎖すると発表し、同日、組合との団体交渉において、大阪支店従業員の東京支店への転勤はない旨を告げた。そして、被告は、同月一八日、大阪支店従業員に対し、「大阪支店閉鎖に伴う従業員処遇の基本方針について」と題する書面(<証拠略>)を交付して、希望退職プランの骨子として、退職日は平成一一年六月ころを目処とし、特別退職加算金を支払い、転職斡旋会社のサービスを提供する等の方針を示した。これらの事実は当事者間に争いがない。

2  そして、(証拠・人証略)、原告ら各本人尋問の結果によれば、次のとおり認めることができる。

(一) 原告らは、団体交渉において、原告らの東京支店への転勤を求め、同年三月二六日、東京支店に転勤を希望する者には、(1)赴任に必要な宿泊費・引越費用・交通費全額を被告において負担し、特別有給休暇五日を付与すること、(2)各人に月四回の帰省費用の支給をすること、(3)住宅は被告借上げ社宅とし、赴任後二年間は敷金礼金を含め家賃全額を被告負担、三年目以降は、更新料全額、家賃の九割を被告負担とすること等を求め、また、希望退職に応じる者の条件として、(1)通常退職金に加えて、組合の平成一一年度賃金要求額に基づく年収の四年分の支(ママ)給すること、(2)臨時給与をその基礎額の六・八か月分支給すること、(3)未消化の年次有給休暇を買い取ること等を求め、さらに、組合大阪支部第五分会に対し、迷惑料として五〇〇万円を支払うことを求めた。

(二) 被告は、同年四月五日、大阪支店従業員に対し、(1)就業規則に基づく退職一時金を支払うこと、(2)追加退職金として、平成一一年六月一日時点における基本給及び職務手当ての各六か月分を支給すること、(3)未消化の有給休暇の買上げ、夏期賞与の支給、転職斡旋サービスの提供を行うこと等を内容とする希望退職パッケージを提案して、希望退職を募集した。

(三) 原告ら及び組合はこれに納得せず、団体交渉が続けられ、被告は、同年五月二一日、通常退職一時金の額を五割増とし、さらに追加退職金を六か月分上乗せする(合計一二か月分)等の提案はしたものの、原告らの東京支店への配転等については応じなかった。そして、組合の質問に対し、原告らが希望退職に応じなければ指名解雇をすることになると告げた。

(四) 組合と被告の同月二六日の団体交渉においても、組合は原告らの東京支店転勤を求め、また、整理解雇の要件を巡って応酬がされたが、被告において東京支店への転勤は無理だが追加退職金を一八か月分とする可能性を示唆し、原告ら及び組合が検討するため、希望退職申込期限を六月四日まで延長した。しかし、原告らは、あくまで東京支店転勤を求め、組合からは新たな提案がされることはなく、平行線のままで、団体交渉は同月末、打ち切りとなった。原告らは、被告の募集する希望退職に応じず、被告は、同年六月八日、原告らに対し、同月一五日付けの解雇を予告し、本件解雇となった。

3  以上によれば、東京転勤については、団体交渉において、被告がこれを拒否する理由の説明としては、終始、東京支店において原告らを配置するポジションがないというものであったが、交渉の経緯をみても、被告の対応に妥当でない点があったとまでは認められない。

五  以上を総合すれば、本件解雇は、整理解雇の要件を充たすものということができ、解雇権を濫用したとまで認めることができない。

以上により、原告らの請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本哲泓)

別紙 債権目録

(一) 大久保美里

基本給 金一七万九〇〇〇円

食事手当 金二万円

職務手当 金一万円

社会保険料 金二万〇六四六円

合計 金二二万九六四六円

支払日 毎月二五日

(二) 山岡久美

基本給 金二〇万一〇〇〇円

食事手当 金二万円

職務手当 金二万四〇〇〇円

社会保険料 金二万四三九二円

合計 金二六万九三九二円

支払日 毎月二五日

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